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福岡高等裁判所 昭和28年(う)2442号 判決 1953年12月14日

控訴人 検察官 水之江国義

被告人 永渊清

被告人 坂井末次郎 外一名 弁護人 吉浦大蔵

検察官 宮井親造

主文

原判決中被告人坂井末次郎に関する部分を破棄する。

本件(被告人坂井末次郎に関する部分)を原裁判所に差し戻す。

被告人永淵清の本件控訴を棄却する。

理由

検察官宮井親造及び被告人永渊清の弁護人石動丸源六の控訴趣意並びに被告人坂井末次郎の弁護人吉浦大蔵の答弁は記録に編綴されている石動丸弁護人及び原審検察官伊藤嘉孝各提出の控訴趣意書及び吉浦弁護人提出の答弁書記載のとおりであるからこれを引用する。

弁護人石動丸源六の控訴趣意第一点及び第三点について

被告人永渊清についての原判示事実は原判決引用の証拠によりこれを認むるに十分である弁護人は原判決引用の被告人永渊、坂井及び坂井勝次の各検察官に対する供述調書は任意性がない旨主張するけれども右各調書はそれ自体に徴しその任意性を認むるに十分である次に所論引用の原審証人田中行雄、中尾常次、坂井勝次及び被告人永渊、坂井の原審公判調書中の各供述記載中には成程所論主張のような供述部分が存するけれども右は原判決の証拠として採らなかつたものであるのみならず之等はいずれも前記検察官作成の被告人永渊、坂井及び坂井勝次の各供述調書に照し信を置き難く其の他所論引用の証拠を以てするも被告人永渊清の所為が単に本件米穀を担保として保管したものと認むる証左にはならない又本件売買契約成立の日が原判示日時であることは原判決引用の証拠によりこれを肯認し得るところであり記録を精査するも原判決には事実の誤認は勿論理由不備の違法はない。論旨は採用に値しない。

弁護人石動丸源六の控訴趣意第二点について

原判決が被告人永渊清の原判示事実を認定する証拠として被告人永渊、坂井及び坂井勝次の各検察官に対する供述調書を引用していることは原判決に照し所論のとおりである弁護人は右各調書は刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号又は同法第三百二十二条の各要件を具備していない旨を主張するけれども右各調書自体に徴し又これ等と原審公判廷における被告人永渊、坂井、原審証人坂井勝次の各供述記載に対比すれば右被告人永渊、坂井及び坂井勝次の各検察官調書はいずれも刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号又は同法第三百二十二条所定の各要件を具備していることが明白である従つて右各調書を証拠として引用した原判決には何等採証の法則を誤つた違法の廉はない論旨は理由がない。

弁護人石動丸源六の控訴趣意第四点について

本件記録並びに原審の取り調べた証拠に現われた本件米穀の数量其の他諸般の事情を綜合すれば所論の情状を考慮に容れても原審の被告人永渊清に対する量刑は必ずしも不当とは思われない論旨は採用しない。

以上の次第で被告人永渊清の本件控訴は理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条により棄却すべきものとする。

検察官の控訴趣意第一点について

所論引用の各証拠中に夫々所論主張の様な供述部分が存在することは本件記録中の右各証拠書類に徴し明白であるけれどもこれのみを以て直ちに被告人坂井末次郎が本件米穀の生産者であると速断するわけにはいかないのみならず記録を精査すれば却て同被告人が本件米穀の生産者と謂われないことが明かである論旨は採用しない。

検察官の控訴趣意第三点について

食糧管理法第九条第一項同令第八条同規則第三十九条の一連の法規の犯罪主体が米穀の所有者に限られることは該法文自体の文辞上明白である所論引用の最高裁判所及び福岡高等裁判所の各判例は前記法条の犯罪主体は所有者に限らない旨を判示したものでないことは各判文に照し又明認し得るところである論旨は独自の見解であつて採用に値しない。

検察官の控訴趣意第二点について

本件米穀の生産者であり又その所有者である者は被告人坂井末次郎の養父坂井勝次であることは本件記録上明白であつて所論引用の坂井勝次の検察官に対する第一回供述調書、同人の原審公判廷における供述記載、及び被告人坂井末次郎の検察官に対する第一回供述調書を綜合すれば被告人坂井末次郎は右坂井勝次と共謀の上本件米穀を売り渡したとも認められるのであるからかかる場合原裁判所は宜しく検察官に対しその旨訴因の変更をうながすか或は之を命じて審理を尽すべきであつたに拘らず事茲に出でずして直ちに判示訴因のみについて審理判断したのは審理不尽があると謂わねばならない即ち被告人坂井末次郎に対し漫然無罪の判決をなした原審の措置は訴訟手続に関する法令の違背がありしかも右の違背は判決に影響を及ぼすこと明白であるから原判決は破棄を免かれない論旨は理由がある。

しかして当裁判所は右につき直ちに判決することができないものと認め刑事訴訟法第三百九十七条により原判決中被告人坂井末次郎に関する部分を破棄し同法第四百条本文に則り本件(右被告人坂井末次郎に関する部分)を原裁判所に差し戻すこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下川久市 裁判官 青木亮忠 裁判官 鈴木進)

検察官の控訴趣意

第二、原審判決は訴訟手続に関する法令の違反がある。

仮に被告人が米穀の生産者でないとするならば本件は被告人と父勝次との共謀に基く売り渡しであるから裁判所は宜しくその旨訴因の変更を命ずべきであつたに拘らず事茲に出でずして直ちに無罪の判決を言渡したのは審理不尽であり訴訟手続に関する法令の違背あるものと思料する。

被告人が本件米穀を売り渡すに際し父勝次に相談をし其の承諾を受けた上売り渡した事換言すれば米穀の生産者である勝次と意思相通じて即ち共謀の上売り渡したものである事は

(1) 勝次の検察官に対する第一回供述調書中「十月九日と思います午前十時か十一時頃私が佐賀競馬を見に出掛け様としている時末次郎が「米も十俵ばかりやらうか」(註、前に麦を売ることの相談がなされていたので「米も」と言つたもの)と申しますので………私も只よい加減に「よかたい」と言つて匆々に出掛けました」「其の時も「十俵ばかりやらうか」と言ふのは「売らうか」と言ふ意味に違いありません」との供述記載

(2) 同人の公判廷に於ける証人としての証言中被告人坂井から米の相談を受けた時の証人の気持ちはどうでしたかとの検察官の問に対して「その時は競馬え行こうと思つてそわそわしておりましたので「米はやつてよかたい」と息子がよい様に委せました」との陳述、検察官の米はどんな経緯だつたかとの問に対する「当時田が虫で毎日白くなつて来ていたので今年は供出米も足らんかも知れない兎に角簡単にはゆかないと思つて配給所にやつておけば先はどうにかなるだろうと言ふ訳でした」との陳述、検察官のどんな相談でしたかとの問に対する「今年は売つたりしたら足らないだろう米は配給所にやつていたら先はどうにかなるだろうと言いましたそれを私は「先に足らない時はどうにかして呉れるだろう」と言ふ風に解釈しました」との陳述

(3) 被告人の検察官に対する第一回供述調書中「義父とも十月の初頃裸麦を他に売る事を相談しましたところ義父も当時九俵位残つていた裸麦を売る事は大凡承知して呉れました又米に就ては丁度米を永淵方に運んだ其の日の昼前頃と思いますが父が競馬に行こうとしている時一寸話を持ち出しましたところ父も納得した様でありました」との供述記載

等に依て充分認めることが出来る尤も勝次の公判廷に於ける証言中配給所に預ける旨の相談をしたとの陳述があるがこの点は裁判所も之を措置することなく売買と認定されたところであるが兎に角被告人が本件の米穀を処分するにつき父勝次と意思相通じて為したる事実は明白である従つて本件は被告人と米穀の生産者である勝次との共謀に基く米穀の横流しであるから前述の通り裁判所は右共謀の事実を認めてその旨訴因の変更を命ずべきであつたのに其の措置に出でなかつたのは審理不尽、訴訟手続に関する法令違反であつて右法令違反は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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